ハーフフィクションです。現実世界への誹謗中傷はお断りです。
6章2幕「ボイスレス ブルース」小説ボイスマン
彼はゆっくりと身体を起こす。
「・・・アア」
言葉など発する必要はない。
彼の周りには誰もいない。
自然と言葉の必要性は失われていく。
窓を開ける。
縦の線。
見慣れた線。
鉄格子。
外へ出れないようにしてある。
この部屋は1階建ての貸家。全部で3部屋あるが全て
鉄格子がつけられている。
付けられたではなく、彼が付けた。
古すぎて借り手がいない。
しかしやや丘の上に建てられているため、西よりは視界が広い。
海が住宅の森の向こう側に見える。
窓も玄関のドアから外には出ることはできない。
他の家と一番違うのは、
玄関。
弁当を差し入れる小さな入り口。
そこに弁当を開けて置く。刑務所のようだ。
同じく画材道具が運び込まれる為の、玄関のドアの下の扉。
生活必需品はそこから運び込まれる。
洗濯機は中に。服は部屋の中に干す。
日差しは入るからそんなに困ることはない。
ちなみに玄関は家の中側からは開けられない。
外側からの鍵のドア。
つまり、中の人間は外側から鍵を開けてくれないと出られない。
彼が自分で望んだこと。
首を少し鳴らして窓の外へ視界を向ける。
いつもと同じ風景が・・・
細かく見ると、実はいつもと同じようで少し違う風景が
この世界の時間を進んだことを
証明する。
外の世界と触れ合わないで刺激がなくて
何が芸術か。
誰かがそう言った。
一理あると思った。
芸術は爆発よ
誰かが言った。
そうだよなと思いつつ、
絵がもし爆発物化して武器になるのは嫌だな
と思った。
中学1年になった夏、彼は自分の奥が知りたかった。
本当はすごい揺るがないものが
真っ黒の奥にある真っ赤なそして真っ黒な大きな光。
それは感じることができても見ることができない。
取り出してやりたいが、切り裂けば出るのは血ばかりだし。
小学校6年生の時、大好きな犬の八太郎も人間と同じかと思い、
ナイフで軽く切った。
八太郎はキャインと吠えた。
すぐナイフを止めた。
何で?どうして?
当たり前だ。
八太郎が痛がったから。
その経験を踏まえ、
他の人間にもそういうことはしていけないんだと体感した。
ならば自分でするしかないかと切ってみた。
意外とイメージしていたより、何倍も痛かった。
しかし 心 を知りたい好奇心には勝てず何度か腕を切った。
かけつけた母親は 悲鳴をあげ、
病院へと救急車で遊びに行く羽目になった。
その後は学校の先生に 悩みがあったら遠慮なく言いなさいとか
どうしたの 何があったの 学校でいじめられたの?と尋ねてきた。
先生に
「心が見てみたいんです。
模型とかないんですか?」
と尋ねたところ、先生は目を丸くして答えた。
「ハッ、何を言うかと思ったら そんなものあるわけないだろ」
とすこし声を荒げた。
やっぱり 学校にも置いていないのか と少し残念な気持ちを悟られないようにし職員室を出ようとした。
知らないものを
教える、見せる。それがここの役割と辞典には書いてあったような。
もう一人の女の先生が呼びとめた。
「心が知りたいの?」
しばらく黙った後、先生は少し身振り手振りをくわえて 小さな声で
「心は目をつむったら見える。目ではなく想像感じるものなんだよ」
と教えてくれた。
「水みたいなもの。人間の身体は水でできているから。体中を流れているの」
へぇ。手とか歯とか堅いのに水ねぇ?とも思ったが、
「心は水」
というのは新鮮だった。
「教えてくれてありがとうございました」
と頭を下げて答えた。
「目で見えないの。だから自分を切っちゃ駄目よ。目を瞑って描くの。絵を。心の絵を」
何だか嬉しくなった。
それなら絵を描いてみようと、若いがゆえに短絡な思考で美術部に入り絵に没頭した。
感性の強い年頃ということと素直ということが相まって、どんどん技術を吸収していった。
母さんは犬の件で指導を受けてから、なんだか優しくなった気がする。
でも
目元が疲れているように見てたので
「心は水」の話はしないでおこうと思った。
子供なりの気遣いである。
ペットの犬の八太郎には謝った。
顔を舐めてくれた。
ごめんな八太郎。
自分でいつか心を捕まえて見てみよう。
根拠は特になくもそう誓った。
高校の頃、ウソのような出来事が起きた。
10枚連番で買った年末ジャンボ宝くじが当たった。
一億円だった。
母親に半分渡した。
でもなんだかんだで 3000万ほどになった。
それでも高校生の彼にとっては無敵に感じられる気がした。
そこで勇気をだして 旅に出た。
少し旅に出てきます。と高校にも退学届を出し、東北までやってきた。
そして部屋を借りることにした。
絵がかけるまで出ない。
そして描けなければ餓死してしまおう。
そして納得できる絵が描けたら死んでもいい。
その時は満足して死のう。
そう決心した。
お金を計算する。
画材道具。改良費。家賃 電気代・・・は電気はろうそくでいい。
いろいろ計算してみた。
よく分からない。
不動産を渡り歩き、元絵描きの噂を聞いた大家を探し頭を下げてお願いした。
全額払うから 5年くらい貸してくださいと。
ありったけのお金を大家の前に積んだ。
そして弁当を毎日。
一食分でいいから届けてくれないかとお願いした。
あと1か月に一回でいいから画材をまとめて買ってきてくれと。
大家さんは現金をみて、ニヤリと笑い縦にうなずいた。
年齢を考えるとすんなり借りれるわけがない。、
そういった知恵もなく、保証人とやらが必要なのも知らない。
それを聞いたときにはがっくりした。
だがどうしたことか家の番号と住所を書くだけでいいと言ってくれた。
大家さんの眼は目の前に積まれているお金しか見ていなかった。
頭に生えた白髪がこれまでの人生の苦労を物語っているようにも見えた。
弁当はお店と契約して一日一食届ける。
1リットルの水と共に。
玄関や窓は好きなように改造していい。
玄関は内側からは開かないようにする。
しかもこちらから連絡がない限りドアを外から開けることはないと約束してくれた。
電話は大家さんに夜中にはかけない。
しかし昼電話が鳴ったらとるように努めてくれと。
万が一、餓死でもして、大家さんに迷惑かけてはいけないので、念書を書いた。
自らの意思でここにいると。
弁当も届かなかったら餓死。
そればかりは信頼するしかない。
そこを疑っている気力がもったいない。
元 画家をどこかで信じたかった。
働く気はなかった。
時間がもったいない。
画家になりたい。
お金を稼ぐ意味。
それは絵を描くためだけの作業。
お金があるのなら絵を描くということを職業とする場合を除いて働く意味はない。
しかし自分自身が納得いかない絵で画家と名乗りたくもない。
でも納得してしまったら、画家で飯を食っていきたいか?というとそうでもない。
ただ今、描きたいのだ。
もっと正論じゃないと駄目なのか?
芸術ってそんな理論固まったものなのか?
今、描きたいんだ。
感じるままに描きたいんだ。
何も考えず。
絵のことだけを脳に宿して。
身体の養分を全て絵に注入したい。
それ以外、意味など万分の一もない。
この作業が終わったら 生きている意味なんてないと思った。
その反面、出版社とか絵関係の会社に電話をかけまくろうとも考えていた。
作品を理解してもらう必要はないが、そのまま捨てられたらそれは可哀そうだ。
せめて売ってもらうなり 飾ってもらおうと思う。
認められたいのかと思ったが、少しはその気持ちはあった。
ああ 凡人だ。
彼は自分の本音を呪った。
なんだかんだ言っても名声が欲しいのだ。
自分自身の行動に酔いたいのか?
いや違う!!
どこかでその自分のかっこつけに拍子抜けしている。
いや拍子抜けをしたふりをした。
まだ本音と 向き合ってない。
心を描くのは 生半可じゃ無理な気がした。
逃げ出さないように鉄格子をかけ、玄関を閉め、向き合うようにしたのは正解だった。
凡人なりの追い込み方をするしかない。
極上の絵を見てみたい。
描いてみたい。
この手で。
それが本音と信じたかった。
最初の年。
食事を食べなかったり、外が明るかったり いろいろ試したが、
無理だとわかった。
2年目。
絵が下手だということに気がついた。
似ていてもピカソとは違う次元だということを気づく。
眼力だけ成長しているのか?
ピカソの深い心が少しだけ感じられたような気になれたのはもしかして少しでも画力が上達した証拠なのだろうか?
3年目。
外の人や出来事が気になり始めた。
どうしたのだろう。
自分の中がさらにわからない。
4年目。
感情が動物のように。うごめく。
筆が狂ったように軽い。
いやぁ 最高。
5年目。
到達できないのは神のいたずらか。
それともただ 時間が足りないのか。
腕が上がらない。
目の前がなんだかずっと薄暗い気がする。
外の世界で太陽に何か異変でも起きたのだろうか?
頭の中で変な音が鳴っている。
糸が切れてカラカラ何かが回ってる。
初めての感覚だ。いいぞ。いいぞ。
6年目。
大家から手紙あり。
近所から、あらぬ噂を立てられて困っている。
10ヶ月位で出て行ってもらえないか?とある。
あの野郎。
連絡するなと約束したのに。
破ったな。
いい所なのに。
邪魔したな。
・・・殺してやる。
部屋を眺める。
積まれたスケッチの数々。
大家のせいでせっかく繋がっていた流れが止められてしまった。
許さねぇ。握る拳に力が無意識に入る。
しかし怒りと裏腹に
漠然と溢れる画材に追いやられ
部屋の隅に崩れ落ちる。
気力が途切れてしまった。
突如、海を誰かが走る画像が。
「誰だ・・・?」
しばらく頭のイメージを追う。
埃のかぶった受話器を取る。
ここ6年、一度も使ったことがない。
殺意の代わりに湧き出る口調でを大家に浮かぶ案をぶつける。
10ヶ月と言わず、後1ヶ月で出る。
その代り、残りの必要分のお金で、ありったけの画材と水をくれ。
大量なのは承知してる。
頼むから持ってきてくれと。
大家は戸惑ったが了解した。
「絵が完成したら是非 わしに一番に見せてくれないか」
と一言付け加えて。
契約するときの大家が浮かんだ。
勝手に大家は絵を売り飛ばすつもりかなとも思った。
描いた後は好きにしたらいい。
自分という存在がそこにたどり着けるのか、描けるかどうかそれが何よりも大事なことだ。
大家だって嫌な顔せず付き合ってくれた。
普通なら断るだろう。
いくら画家の端くれでもトラブルマンはお断りが普通だ。
殺してやると思っていた感情は感謝に変わっていた。
自分自身でするより上手に売ってくれるし、そっちの方がいろんな人に見てもらえる気がした。
描ければ満足。
評価は勝手にすればいい。
どこまでいけるのか。
どこに今画家として立っているのか。
少年は6年のうちにいつの間にか面影は瞳に残しただけの青年になっていた。
元 少年は 暗い空間の中で
絵具を白い空間に
叩きつけた。優しくなでた。躍らせた。浮かばせた。
重ねた。溶かした。混ぜた。広げた。
水を飲んだ。水を飲んだ。頭のイメージをひたすら
目を瞑って追った。
頭の絵が 目の前に 目の前の絵は 夢から現物へ
心の着色剤は 命の息吹を得て
時間なんてわからない。
時間なんて今は意味がない。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
3枚「泉」「命」「水」
何故だか立て続けに描けた。
自分が書いたことが信じられず
感動しすぎて自分自身の背骨に大きな寒気が走った。
どれ位眺めていただろうか?
思考の歯車がキリキリと回りだした。
ギャリギャリギャリ。
脳の中に響く。
太陽は沈んでいるが、
大家を呼ぶことにした。ここ数年で言葉を交わした唯一の人間。
淡々と電話で説明をすると ああ ああ と返事が返ってきた。
一時間程すると、クーペで大家がやってきた。
久々に近場で見る人間だ。
白髪は最初の頃より増えている気がした。
気のせいかもしれないが。
大家は本当は一番最初に見て、場合によっては売り払うことを考えていた。
その売上金を誤魔化して、彼に一部だけ渡すことも少し企んでいた。
6年も付き合ってやったんだ。変な噂がこいつのせいで広まっている。
商売あがったりだ。冗談じゃない。
少しくらい大人の生き方を教えてやろう。
しかしその 画力が 全てを奪いさった。
大家は大家の前に画家だった。画家の端くれだった。
何十年ぶりに殴られたような。そして一枚には優しく包まれたような。
そして最後の一枚には心の奥が握られた。
圧倒的画力の前に 小細工な生き方は吹き飛んだ。
自分が進めなかった道。
自分が憧れていた道。
彼は歩いている。
しかも凄い事は彼は若いうちに この境地にたどり着いた。
まだこんな絵が創造される
そう考えるだけで、大家の退屈に感じていた日常の世界が変わってしまった。
何をこれ以上望む?
本物は 偽物など 圧倒的にかき消す。
その力を絶対的に持つ。
その絵の迫力や優しさはどうにもならない。
人間の手は、ここまでできるのか・・・。
大家は視点が定まらない感じだった。
口は半開きだ。
大家から絵に視線を移した。
二人とも黙っていた。
しばらく黙っていた。
そして顔を見合わせた。
暗黙のまま両手で互いの手を握った。
「今まで協力してくれて本当にありがとう」
「最初に拝めたことを光栄に思う。わしの方こそ、お礼を言わせてくれ」
大家の目が潤んでいるのがわかった。
自分の鏡が目の前で手を握っているような気がした。
とりあえず3枚とも持って行って美術会に展示等をしてもらうことにした。
連絡するからそれまでは来ないでくれ。
彼は、そう告げると大家を見送った。
大家は車に乗り込むと手を軽く振った。
柄にもなく大の大人が互いに見えなくなるまで手を振り続けた。
絵に関しては信用できる。
それだけは理解してしまった。
その日は玄関を開けたまま眠った。
どれ位眠ったのかわからない。
夜風は寒かったが 現実の世界とつながっている感じが懐かしかった。
二日ほど過ぎ
そしてその感情を波うつように今度は悲しみがやってきた。
幸せの出来事と不幸せの出来事は客観的に違う。
でも幸せの感情と悲しみの感情は表裏一体なのだ。
感情は心。波が高く上がればその分深く沈む。
満足の底に眠る感情は燃える怒り
そして静かな静かな氷の色をした死の光。
声にならないような感情が 溢れた。
誰とも会いたくなくなった。
確信だけがはっきりと輪郭をなした。
「これ以上はもうない」
その衝動が満足感とともに襲う。
水を2リットル、一気に飲んだ。
横になった。水は心の奥にまで浸みていった。
その瞬間 それまで書いてきた絵がゴミに思えた。
切り刻んだ。最後の絵は大家が既に持っていった。
それ以外は全部ゴミだ。
ゴミはいらない。
身体も、もうゴミだ。
目を閉じた。
どれ位眠っただろうか。
天井が高い気がする。
左手を見てみる。
ずいぶんと汚いな
薄暗い中 見つめる。
これ以上のものは描けない
でも せめてこれ同等はもう何枚か書いてみたいもんだ。
よし。
受話器を取って電話に貼られた番号通りにプッシュホンを押す。
大家が電話に驚いたような声で答える。
こちらから連絡するなと言われていたので
いつ伝えたらいいものか、困っていたらしい。
絵が2枚、即売したそうだ。
数千万。こんな時代に不釣り合いな額だ。
1枚は大家が是非とも売ってほしいので、展示しなかったそうだ。
今までのお礼にそれはやると言った。
その代りに、売れた絵の高い方のお金は母に渡してくれ。
残り一枚は手数料として大家にやることにした。
大家は謙虚な声でこういった
「先生、私は絵を一枚頂けただけで光栄だ。金は要らない。これからも絵を描き続けてくれ」と。
そんなおべっちゃらや建前はいらない。
あなたが昔、承諾してくれなければあの絵はない。
受け取れ。
「しかし、先生、お気持は嬉・・」
電話を切った。
怒りからではない。
建前は聞きたくない。
先生などではない。
描きたいものを描き切っただけだ
根本的に自分のしたいことをしただけだ。
大家には感謝してもしきれない。
作業の邪魔した時は殺そうと思ってたが、
その感情も役に立った気が今はする。
隅々まで望むように描き切れた、この感動は誰にもわかるまい。
「芸術は絵に限らず、音楽も、自然も人もきっと突き詰めていけば、全ては「世界絵図」なのだ」
変な確信が嬉しくて男はしばらく口を開けず歌った。
声に出さずして。
音のないハミングが画家の世界を色つける。
これこそがひとつ全てに繋がっている空気
音楽家ではないが歌える。
完全はないが完璧はある。
夢見たキャンパスはやはり白かった。
この世界の最後の最後まで!!
次の日 彼は崖から身を投げた。
その瞬間を偶然にも見てしまったカップルから通報があり
警察の捜索が始まった。
カップルの証言によると、男はゆっくりだが思いつめた感じではなかったように見えたという。
その死体が見つかることはなかった。
カップルが殺人容疑で疑われることはなかった。
なぜならすぐに部屋に彼の直筆と思われる大家に対しての手紙が見つかったからだ。
「身体はゴミ 心は水 芸術は無限 黄泉は 黄色い泉と描くだろう? 興味が湧いた 止められそうもない だから旅に出てみるよ 帰ってきたら 素敵な絵を
プレゼントするよ ありがとう」
芸術家の間で彼の才能を惜しみ、大家の持つ1枚を除き、2枚の絵は高額で世界の資産家の間を回ることになる。
カラカラカラ 頭の中で 転がる音がするよ。
ギャリギャリギャリ ほら すぐ傍で 何かが回っているよ。
ケラケラケラ 真横で 笑い声がする。
彼は「画家」と成って 孤高の人として闇の中へと消えた。
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6章3幕「
アメリカンコーヒーは闇夜へ誘う
ブラウンだ」